自分にラベルを貼ってしまう瞬間


自分をダメだと決めつけてしまう瞬間って、多かれ少なかれ誰にでもあると思います。
例えば学生のころ、講義に遅刻したとき。
気になっている女の子とせっかく話が出来たのに会話がまったく弾まなくて、きまずくなってしまったとき。

「ああ、またやっちゃった」と自己嫌悪に陥って、次の瞬間にはこう思います。

「俺ってダメな奴だなあ。なんでこう上手く立ち回れないんだろう」


1つミスをしただけで、もうその日の自分がすべてダメになったような錯覚になります。
初めの講義には遅刻したけど、次の講義にはちゃんと出れていたのに。
友達と会ってお昼ご飯を一緒に食べて、趣味の話で楽しい時間を過ごすことが出来ていたのに。

そういう、「出来ていたこと」とか「うまくいっていたこと」の記憶は綺麗さっぱり消えてしまってダメなことに塗りつぶされてしまうのです。

そして最後に「自分はこういう人間なんだ」と結論を出して、今日はもう終わり!とやけっぱちな気分になってしまう。


だけど冷静に考えたら、こんなの全然失敗のうちには入りません。
遅刻したって、女の子にフラれたって、自分の人間性とはなんら関係もないはず。

なんだけど、その時はもうその失敗で頭が一杯になってそういう風に思えないのです。
視野が極端に狭くなっている状態とでも言えばいいのでしょうか。

失敗と自分の価値を無意識的にイコールで結んでしまっている。

こういう考え方を心理学の言葉で「認知の歪み」というそうです。

一度の出来事で、
すべてを判断してしまう。

できたか、できなかったか。
良いか、悪いか。

それが全てで中間が見えなくなる。
白黒思考とか、ラベリング思考とも言うそうです。


私はこの窮屈な考え方に、ずいぶん長い間縛られてきたような気がします。
うまくいかないことがあるたびに「今回は失敗した」ではなく「自分はダメだ」と決めつけてしまう。


こういう考え方が、一番自分をきつく責める癖になっているのに気づいていない。
質が悪いのは、自分だけでなく他人に対しても、こういう極端な物差しで見てしまうことです。


自分が正しいと信じ込んで、偏った正義感とか常識をぶつけてしまって誰かを傷つけたこともあります。

今も、この考え方が完全になくなったわけではありません。

失敗すれば、反射的に「ああ、またやっちゃった。自分ってやつは…」と思う。

ただ、ひと呼吸おいて「これは癖みたいなものだ」と
一歩引いて見られるようにはなってきたかな、と思います。


発達障害があるからダメとか、心理学を知れば解決するというような単純な話ではありません。

でも、ずっと自分を責めてきた理由に名前があった。

それを言葉として知ることで心が少し軽くなったのは確かなのです。

同じように自分を責めている誰かが、この記事を拾って少しでも心が軽くなったなら。

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